8月某日、滋賀・DE OJALにてリリースされた2足のシューズが、アトリエでの9月展でもお披露目される。OVER DYE と名付けられたプロジェクト。製品になってからアスファルト色に染められたシューズは、崩れ、潰れた形状となりつつも、それらが儚く、美しく、規制品には見られないアート的なニュアンスを孕んだ作品となっている。
本企画が立ち上がった当初からの経緯は、DE OJAL のブログで記事となってあるので(https://de-ojal.com/info/394/)、そちらにお任せするとして、本日は作り手からの目線で、スペックについて書き記していければと思う。
□ふんぞり返らない靴
「出来上がった靴をアスファルト色に染めれませんか」とDE OJAL オーナーの山田くんが言うので、オッケー、ではタツノラボ(皮を革にする工場)にお願いしようということになった。染めたのは BUILD の「 n5. sneakers 」と DE OJAL オリジナルの 「 IN THE ROOM 」。
靴をドラム(染色をするマシン)に入れると、それはぐるぐると回転する。水分で膨張したレザーは膨らみ、靴は銘々にドラムの中で当たり、擦れ、原型を崩しながら、徐々にアスファルト色に染まっていき、いっちょ上がり。実にイージーな仕事だ。と。頭の中で想像を描いたのだが、それは最初の染めの実験で脆くも崩れ去ってしまう。色こそ理想通りの出来栄えだったが、想像した形に全くなっていなかったのだ。
理想の形はこうだ。つま先が反り、ふんぞり返っている。ドラムの中で当たった箇所は崩れている。まるでそれは土の中に何十年も埋まっていたかのような風貌で、アッパー、ソールもろとも単色で染まった、わずかばかりのコントラストを残した色味と相まって、儚くも美しい印象を醸し出している。退廃美とかデカダンとか。そんなイメージを喚起させるシューズを想像していた。
これやったら、ただ染めただけの靴やな。
おもんないな、これ。
クソゥ、なんでこうなるんや?
と。
そこから、試行錯誤が始まった。
□縮む革、縮まないゴム
染色した革を乾燥させる工程で、革は多少なりとも縮む傾向にある。水分を含んだ革の繊維は膨張し、そこから乾燥に至るまで収縮し続ける。ゆっくり乾燥すれば小さな縮み。風などを当て早く乾燥させれば大きく縮む。この”縮んでしまう”特性を利用して靴を変形させる。見たこともないような形を作り出すことができる。もちろん個体差があり、それぞれに収縮率は多少は変化するのだが。
しかし試しに染めた靴に大きな縮みは見られない。ゆっくり乾燥させたからだろうか。いや、そうではない。実はアッパーも、ソールの積み上げた革も、しっかりと縮んでいる。がしかし一点だけ縮んでいない箇所があった。それはボトムに貼られたラバーソールの部分だ。ここだけが染める前と何一つ変わらぬままの形でそこにあった。その証拠に直角であったはずの踵のトップが直角でなく、少し傾斜している(上画像)。乾燥の過程で収縮しようとする革の収縮率を低くしてしまっている要因は革以外の素材(この場合はゴム)だったのだ。
□素材の全てに革を使う
革の収縮こそが理想の形を形成するのに必要な要素だ。「乾燥時に、縮まない素材を使わない。」これが本プロダクトの絶対条件となった。
そうとなると困ったのが 「 BUILD |n5.sneakers(以下、スニーカー) 」の存在だ。
何故かって?
いやいや、ようく目を凝らせて見てほしい。
縮まない素材が用いられている箇所は以下となる。アウトソール、ミッドソール(中底)、中敷のスポンジ部分、アッパー内の踵のパット、踵カウンター。最後の2つはよしとしても形成に関わる大部分に、ゴムまたはスポンジが使用されている。これらを全て革に変えないと、ただ染めただけのなんの変哲もない靴になってしまう。よし、だったら全部、革で作ってしまえとコストの算段をしてみて、体は思わず萎縮した。
兎に角、相当な労力と材料代をかけることになる。そうするともちろん一足あたりの価格も上がる。どうしようかと、山田くんとあーだこーだやっていたのだが、結局、「萎縮したコスト(笑)」の通り進めることにした。
理由はこうだ。
コストを落とし中途半端な製品をそれっぽく見せることは嫌だ。そんなことするなら、この企画はやめた方がいい。いくらかかっても、自分たちが本当に履きたい(皆に勧めたい)一足にするべきだと。
そしてさらに、二人でこう決めた。
ゴムの部分をレザーにすると重くなるし、ソールの摩耗も早いだろう。染まった靴内の色落ちも否めないし、収縮率の個体差によるサイズのブレも往々にあるだろう。使う時のネガティブはそれなりに孕んでいる。それでも履きたいと思える、吸い込まれるような空気をまとった靴にしよう。そんな靴になるまで妥協せずに挑戦しようと。
□クレイジー、そして思わぬ誤算
そんなこんなで作品は、締切を少し過ぎて完成した。「履けるもんなら履いてみやがれ。」と大の大人がパンク・ロックよろしく、ハングリーにクレイジーにやり切った作品は概ね他のそれらとは一線を画したものとなったのではと感じている。スピリチュアルな思考は甚だ持ち合わせてはいないが、オーラというものが現存するのなら、それは並んでいる靴たちから、ひしひしと感じ取っていただけるのではないだろうか。
出来上がり早々に山田くんが、後染めのスニーカーで日常を過ごしてくれている。使い心地はどうかと尋ねると、すこぶる快適だと返ってきた。収縮したレザーが足に吸い付くようで心地よく、しっかりと靴紐を縛れば、重さなど微塵も感じない、むしろ歩きやすいそうだ。そして、日常を大人しく過ごすくらいなら色落ちはほとんどしないと。
なんとも思わぬ誤算だ。とてもコンフォータブルなシューズではないかと、私たちらしいオチまでついたところで終わりにしようかと思う。
最後まで読んでくださった、そこのあなたへ。
ありがとうございました。
会場で、オンラインストアでお会いいたしましょう。
では!